2007年01月31日

追懐記(1)

@ “えぷろんの朗読本棚”について
昨年4月にHP「福祉朗読手習い帖」を立ち上げここで夏目漱石編、芥川龍之介編として公開しておりましたが(振り返ると恥ずかしくなります)、ファイルの都合で削除するか移設するか迷っておりましたところ、思いがけなくシニア向けのサイトでご紹介いただいたことで、手習いを続けながら引き読き読んでみようと本棚を開設することにしました。
 
A 公開作品について

手習いのテキストのほかに力試しにとたまたま選んだ作品が今回のものでした。
選んだ動機はその時点の私でもある程度読めそうであきないものという線引きはしたもののハードルが高かったというのが実状です。
手習いでの注意点を他作品に反映できればと繰り返し読むことに時間をかけたことで、「呼吸・間・活舌・表現・・」ということがわかりかけてきたように思います。技術には届きませんが再録音の機会にテストということにしました。

 
B 作品によせて

「吾輩は猫である」「蜘蛛の糸」「トロッコ」は手習いのテキストにありました。前記の二つは手習い第1回目、2回目に序文部分がテキストとして与えられ、久しぶりの再会で全文を読めるようになりたいと「やる気」にしてくれ、「青空文庫」を知るきっかけとなった作品です。
「トロッコ」は手習いの2年目になった昨年春に学んだ最初の全文テキストでした。この作品で芥川龍之介をあらためて読んでみたいと思い、出会ったのが「雛」「或敵打の話」でした。
「黙読」では味わえない「音読」の難しさ、楽しさを知った作品です。
本来「音訳」では感情移入はしないようですが「福祉朗読」の学習では「話すときのように・・」と指導を受けます。それを意識しながら文芸作品を読むことは難しいのですが、日本語のもつ美しさ、やさしさや時代背景などから学ぶ日本文化に親しむことができるようになりました。
しかし「大川の水」は一節が長い上に描写が複雑で、これを音読すると「間」をどこで取るか、どこで「呼吸」すればいいのか・・大変難度の高い作品でした。これがなんとか読めるようになった時点が昨年秋でした。
ある時、少し読むことから離れてリフレッシュしようと作家の年譜などを参照しているうちに足跡を辿るように作品を閲覧していて「ケーベル先生」「初秋の一日」「僕の昔」「処女作追懐談」「自転車日記」「余と万年筆」と「漱石の追っかけ」に至っておりました。
芥川龍之介も同様で「大川の水」で両国に育ったことを知り、隅田川の河口「勝どき橋」に近く生まれ、江東区に育った私は里心に火がついたように下町界隈を題材にした作品をさがしておりました。
「或日の大石内蔵助」は「大川の水」とともに読み進めた作品ですが、なせがほっとする作品で芥川龍之介に親しみを覚えた作品でした。
そんなこんなで私なりの文学散歩を決め込んで、新たに手習いを続けていきたいと思っております。
すべてが学習途上のこと、不都合な点、お耳障りな点があったことと思いますが成長を見守ってくだされば有難く思います。

 
 
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